
《スラヴ叙事詩「ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭」》1912年 プラハ市立美術館 ©Prague City Galler
2017年3月8日(水)から6月5日(月)にかけて、国立新美術館にて「ミュシャ展」が開催されます。3月7日にプレス内覧会が開催されましたので、展示の様子をレポートいたします。

それはキリスト教が伝わるよりも、はるか昔のこと。
まだスラヴ人が自然界の神々を崇拝し、人の運命が夜空の星と結ばれていると信じていた時代の物語。「原故郷のスラヴ民族」は、その後、不断の闘いに身を投じるスラヴ民族の運命を予感させる幻想的な作品です。
アール・ヌーヴォーで名を成していた画家、アルフォンシュ・ミュシャは、50歳でパリから故郷のチェコに戻り、記念碑的な絵画連作「スラヴ叙事詩」でスラヴ民族の歴史と神話を描き出しました。
日本においては、美しい女性像や植物文様など、その流麗な装飾性で絶大な人気を誇るアルフォンス・ミュシャ。しかし、
「彼はグラフィック・デザイナーとしてではなく、絵描きとして有名になりたかった」
と本展監修者でもある美術評論家、ヴラスタ・チハーコヴァー氏は語ります。
「チェコはオーストリア・ハンガリー帝国に従属させられていたので、国の独立を願い、また国の歴史文化を紹介することを願って、彼は1900年に『スラヴ叙事詩』を書くことを決めたのです」

本展覧会は、このミュシャの幻の超大作「スラヴ叙事詩」を中心に、華やかなアール・ヌーヴォー時代の芸術作品を紹介してその足跡をたどり、ミュシャの新たな魅力にせまります。
全20点におよぶ「スラヴ叙事詩」全点が公開されるのは、なんとチェコ国外では初の試み。大変貴重な機会となります。
それでは、展示風景をご紹介します。
The Slav Epic スラヴ叙事詩



ミュシャの世界を、仰ぎ見る。
冒頭から、本展最大の見所である「スラヴ叙事詩」全20点が展示されており、圧巻です。
最大のもので縦6メートル、横8メートルにも及ぶ圧倒的な大きさの作品群が並ぶ空間は、まるで聖堂のような荘厳さを醸し出しています。国立新美術館の天井の高さがよく生かされていますね。
壮大な歴史スペクタクル「スラヴ叙事詩」の制作に画家としての使命を見出していたミュシャ。当時はそれを可能にする経済状況に恵まれていませんでしたが、アメリカに渡ってスラヴ民族の連帯思想を支持する富豪チャールズ・R・クレインと出会い、彼の支援を受けて、ミュシャはついにこの連作を描きあげることができたそうです。

「グルンヴァルトの戦いの後」。
1410年、バルト海沿岸地域の覇権を賭けて、ドイツ騎士団とポーランド王国・リトアニア大公国との間でおこなわれた戦争を題材にした作品です。無残に横たわる兵士と軍馬。しかしそこに生々しい傷跡や血痕は見られません。勝利者であるはずのポーランド国王は、どこか深い物思いに耽るような、複雑な表情をしています。
「ミュシャは信心深く、平和主義的なフリーメイソンの精神を持っていました。あまり戦いの場を見せたくない。全て、戦いの済んだ『後』の絵なのですね」

また、チハーコヴァー氏は、連作「スラヴ叙事詩」に通底する、絵画の構造的な特徴についても指摘します。
「スラヴ叙事詩」はその多くが、下半分に歴史的なエピソードを描き、上半分には超歴史的、シンボリックなものを描くという構成で成り立ち、晩年には、バロック絵画より学んだ螺旋形の構造も取り入れています。このことが、史実と象徴が入り混じる「スラヴ叙事詩」の不思議なイメージを生み出しているのです。
I ミュシャとアール・ヌーヴォー



本展では、「スラヴ叙事詩」の他にも、アール・ヌーヴォー時代の逸品や装飾壁画の作品など約80点を展示し、ミュシャの画業を辿ります。
自然のモティーフを取り入れた装飾的な文様、花飾りを戴いた美しい女性たち・・・私たちにもなじみ深い「ミュシャ・スタイル」の作品が数多く展示されています。
ポスターや本の挿絵を描くことで、細々と生計を立てていた若き日のミュシャ。しかし、女優サラ・ベルナールの舞台ポスターを描いたことをキッカケに、その名は一躍世に知られることとなるのです。
II 世紀末の祝祭


1900年にパリ万国博覧会が開催され、時代が祝祭的な空気をおびる中、ミュシャの名声はますます高まっていきました。
本章では、万博で手がけた装飾やポスター、プラハ市民会館の天井画や壁画などが紹介されています。このプラハ市民会館は内装もそのままに、現在では国内有数のコンサートホールとして利用されているそうです。現地に行ってみたくなりますね。
III 独立のための闘い


女性を画面の中心に据え、円形の装飾や植物モティーフで彩る構図は、アール・ヌーヴォーの「ミュシャ・スタイル」として一貫しています。
アメリカからボヘミアに戻った後、ミュシャの女性の描き方には変化が見られます。可憐な様式はそのままに、丸顔でふくよかになり、どこか進歩的なエネルギーを内に宿しているようです。
IV 習作と出版物

右: Alfons Mucha「主の祈り(仏語版)」挿絵ページ 1899年 プラハ市立美術館 Prague City Gallery

最終章では、「スラヴ叙事詩」の完成へ情熱を燃やしながらも、その一方で彼が手がけていた細やかな装丁や挿絵の仕事が紹介されています。

私の作品が目指してきたのは、決して破壊することではなく、つねに橋を架けることである-アルフォンス・ミュシャ
「スラヴ叙事詩」を鑑賞していると、あることに気づきます。
それは「眼」です。
悲喜こもごもの情景にあって、登場人物たちは鑑賞者である私たちに向かって強い視線を投げかけます。
まるで「お前はどうなのだ?」と私たちに問いかけているのかよう。
それはまさに、現代に生きる私たちとスラヴ民族の歴史に「橋をかける」ためにミュシャが仕組んだ、巧妙なトリックなのかもしれません。
会期は2017年3月8日(水)から6月5日(月)まで。
ミュシャが本当に描きたかった、民族の誇り。故郷への思い。
是非この機会に、壮大な世界観を体感してみてください。

開催概要はこちら:
https://home.nact.kokosil.net/ja/archives/202